かるがもクリニック(世田谷区) 院長 宮原篤
妊婦さんが気をつけたほうがいい病気について、お伝えします。
伝染性紅斑は一般的にはりんご病と言われています。文字通り、頬が赤りんごの様に赤くなり(平手打ち)、手足にレース状の発疹が出ます。大人では関節痛を訴える人もいますが、基本的には予後良好です(溶血性貧血の患者さんは、溶血性貧血が悪化することがあります)。原因ウイルスはパルボウイルスB19というもので飛沫感染(唾液など)します。発疹がでた時点で既に感染力はありませんので、隔離をする必要はありません。
ただ、妊婦さんがかかると、流産や胎児水腫といって胎児に重篤な症状が出ることがあります。感染の有無を調べるためには、抗体検査が必要です。しかし、この検査は疑わしい妊婦さんのみ保険での検査が可能です。詳しくはかかりつけの産婦人科にお問い合わせ下さい。
トキソプラズマというのは原虫という寄生虫の一種です。普段はネコの腸にいますが、卵(オーシスト)が糞から排出され、土が汚染されます。トキソプラズマは非常に感染しやすく、容易に家畜や野菜、果実などを汚染します。ネコ以外の動物にトキソプラズマが感染した場合、腸に落ち着かず筋肉や脳に嚢子(のうし:シスト)という状態で迷入していきます。これは人間でも同じことです。
また、嚢子が入った肉を加熱が不十分な状態で食べても感染することがあります。日本で市販されているウシやブタの一部にもトキソプラズマの嚢子が確認されています。一般的に豚肉はダメだけど牛肉は生で食べても構わないと言われていますが、市販されている牛肉にも寄生虫を始めいろいろな微生物がいる可能性があるのです。
多くの場合、感染は無症状とされています。ただし、極端に免疫状態が低下した場合や胎盤を通して胎児に感染した場合は症状が出ます。胎児の場合は「先天性トキソプラズマ感染症」といいます。
サイトメガロウイルスはウイルスの一種です。こちらもありふれたウイルスで、尿や唾液などを介して感染します。保育園や幼稚園などで感染することが多いです。まれに発熱したりリンパ節が腫れることがありますが、大抵の場合は症状が出ません。
最近はおとなでも一度も感染していない(免疫が出来ていない)方が増えてきました。最初のお子さんの時には感染しておらず、最初のお子さんが保育園でサイトメガロウイルスに感染して、さらにそのお子さんから第二子を妊娠中のお母さんに感染するということもあります。つまり、同胞(兄、姉)→母親→胎児という感染ルートです。こうして感染したお子さんの一部は様々な症状を発現し、先天性サイトメガロウイルス感染症といいます。
トキソプラズマとサイトメガロウイルスの母体感染で、それぞれ症状は似たところもありますし、違うところもあります。
◎共通点:小頭症、水頭症、脳内石灰化、流死産、胎内死亡、子宮内胎児発育遅延、肺炎、肝脾腫、紫斑、黄疸など
◎トキソプラズマ:網脈絡膜炎、小眼球症、視力障害
◎サイトメガロウイルス:網脈絡膜炎、感音性難聴
http://toxo-cmv.org/about_meisyo.html
注意すべき点としては、これらの症状は全て出揃うわけではありません。また、トキソプラズマの視力障害やサイトメガロウイルスの視力障害・聴力障害は、進行性のため後で症状がわかり、感染が発覚することがあります。
問題はいくつかあります。
まずは、これらの病気に対してワクチンは無いものの、いくつか注意していれば感染を防ぎ得たものがほとんどです。しかしながら、現実には知ることが出来ず(知らされておらず)、当事者の方々は自分たちを責めることとが多くなります。
また、サイトメガロウイルス感染症の場合、健康な乳幼児でも尿や唾液からウイルスを排出しているにもかかわらず、感染性があるということで入園を断られるケースも有るようです。また、感染が徐々に進行し、視力や聴力を奪っていくこともあります。トーチの会の会員の方々の体験談から、この病気の深刻さをうかがい知ることが出来ます。
繰り返しますが、これらの病気は予防可能です。妊娠を希望する方は、自費になりますが一度これらの抗体検査をしてみるといいでしょう。また、トーチの会から妊婦さんに向けて11箇条が出されています。他の感染症対策にも有効なものです。
https://toxo-cmv.org/for_maternity/
ジカウイルスが感染することによって起きる感染症です。感染しても症状が無いか軽いため気が付かないことがあります。しかし新婦が感染すると、胎児への垂直感染を起こすことがあり、小頭症などの先天性障害を起こす可能性があります(先天性ジカウイルス感染症)。
ジカウイルスは主にヒトスジシマカなどの蚊を媒介して感染します。ヒトスジシマカは日常にいる蚊で、デング熱などの感染源にもなります。ジカウイルスは現在のところ主に中南米で流行し、日本では報告はありません。いずれにせよ蚊よけ剤(ディート・イカリジンなど)を利用して、蚊に刺されないようにしましょう。
2015年頃から梅毒の報告が増えてきています。2021年現在も梅毒の報告は依然として多いです。最近は20代の女性の感染が多く、それに伴い先天梅毒の報告もあります。症状は全身に及ぶことがあり、発育不全や知的障害、それに死産を起こすことがあります。妊娠中に感染が発覚した場合、妊娠中の早期診断・治療で発生を防ぎうる事ができます。
子宮頸がんは比較的若い女性にかかるがんの一つです。妊娠がわかったと同時に進行した子宮頸がんが発覚し、子宮とお腹の赤ちゃんを諦めざるを得ないことや、母親自身も助からなかったという悲しい話もあります。
多くの子宮頸がんは、HPVワクチンと子宮頸がん検診の2つで防ぎ得るものです。しかし、日本では子宮頸がん検診の受診率は低く、また、HPVワクチンも2013年から積極的な接種勧奨を差し控えるようになりました。その結果、今後多くの国で子宮頸がんが減り続ける中、日本など一部の国で子宮頸がんが増えるだろうと言われています。
20歳になったら定期的な子宮頸がん検診と、できれば初交前のHPVワクチン接種が必要です。
2021年現在、最も世間を騒がせ、なおかつ、妊婦さんを不安にさせている感染症が、新型コロナウイルス感染症でしょう。妊娠中の感染は重症化するリスクが高い可能性がありますし、妊娠後期で感染した場合は、主治医の判断で帝王切開になる可能性があります。また、最近、感染した妊婦が産気づいたものの医療資源が逼迫していたため入院することが出来ず、自宅出産を余儀なくされ赤ちゃんが亡くなったという悲しい話があります。
米国CDCは、妊娠中の新型コロナワクチンの接種を推奨しています。日本でも今では妊娠週数に関係なく接種が可能です。また、妊婦のみならずパートナーもワクチン接種をしておきましょう。
※インフルエンザワクチンは不活化ワクチンであり、妊婦でも接種ができます。また、海外では赤ちゃんへの百日咳予防として妊婦でも三種混合ワクチン(ただし日本では無認可のTdapワクチン)を接種している国が多いです。アメリカでは妊娠27-36週の妊婦に、赤ちゃんに百日咳の抗体が移行させるためにTdapワクチンを接種しています。
~妊娠中に感染すると、母親自身は軽症でも胎児への影響が大きい感染症~
TORCHとは英語では「たいまつ」の意味です。日本では、「トーチの会」という患者会があり、一般向けの情報はもとより最新の研究結果についての記載も詳しくあります。
昔はこれらの病気は子供の頃に感染することが多く、妊娠中の感染はまれでした。しかし最近は生活環境の変化により、今まで感染したことのない人たちが増えました。そういった人たちが妊娠中に感染すると、胎児も感染することがあるのです。
感染理由は「妊娠中にレアのステーキやローストビーフを食べた」とか「(胎児にとっての)兄・姉から感染した」など意外なことが多いです。また、生まれた時に明らかな問題が分からなくても、その後、視力や聴力への問題が分かることがあります。周りの無理解からくる誤解と偏見で、子どもも母親も苦しめられることになります。
(上記にあるりんご病・トキソプラズマ症・サイトメガロウイルス感染症・ジカ熱・梅毒なども、トーチ症候群に含まれます)
余談
かなり昔ですがNICUに手術しないと助からない赤ちゃんがいました。手術するためには保護者(両親)の同意が必要なのですが、父親は同意しませんでした。赤ちゃんは梅毒にかかっていたのですが、その原因は母親が妊娠中、父親が外で「遊んで」感染したからです。梅毒と手術が必要になった病気との関連はありませんでしたが、父親は手術に激しく拒絶しました。結局赤ちゃんは助かりませんでした。今でなら医療ネグレクトとして親権停止をして手術が出来たかもしれないのですが、悔やまれます。
これらの感染症の多くは、身近な人(特にパートナー)から感染することが多いです。赤ちゃんへの感染を考えた時、妊婦本人だけではなくパートナーも重要な役割を担っていることが多いのです。妊婦になる前から、パートナーや身近な人と感染症についてもよく相談しておきましょう。
参考資料:
風邪と誤解し菌をまき散らす!! 百日咳の危険性とワクチン
百日咳について(百日咳にかかった赤ちゃんの動画があります。多少ショッキングな動画のため、閲覧注意です。) https://newsnetwork.mayoclinic.org/discussion/signs-and-symptoms-of-pertussis/
この記事は、2014年11月15日配信のしろうジャーナルNO.75を2021年大幅に加筆いたしました。
風疹をなくそうの会『hand in hand』です。 私たちは、2013年から風疹の予防接種についての啓発活動をしている任意団体です。 子どもが先天性風疹症候群
国立成育医療研究センター 周産期・母性診療センター 妊娠と薬情報センター 村島温子 【妊娠と薬情報センターをご存知でしょうか?】 妊娠中にお薬を使う、ないしは使
国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院 AMR臨床リファレンスセンター 藤友 結実子先生 【分からないことを聞いていますか?】 「抗菌薬・抗生物質につい